なぜ咬合異常は多いのか?

咬合異常はなぜ多いのか?

空想に惑わされる人々

とある博士が世界中を歩き回り、食べ物と歯並びが関係しているのではないかという仮説を立てました。母親の栄養状態の悪さが子供に影響を及ぼし、その結果、不正咬合が生じるのではないかと仮説を立てました。それを聞いた人たちは確かにそうだと感心し、栄養状態の改善に声を上げています。現代食が悪いのだ!昔の人々の食事を参考にすれば歯並びどころか健康な身体も手に入れられるぞ!!と息巻いています。このことで一般の方々が盛り上がるのは大いに結構ですし、私自身も栄養はとても大事なことだと思っているので、日頃から患者さまに栄養指導をし続けています。

でも、

論文や文献と真摯に向き合うべき専門家が、なぜ偏った結果を支持するのか?は全く理解できません。(名を売りたいという理由なら納得です)世界中の研究者が自分の中にバイアス(偏見)はないか?あったら自分の中から絞り出さなくてはデータをありのままに見られない!それでは真実い近づくことができない!と真剣に生きているのに。

また、結論を決めるという行為がどれほど大変か?それは数十万・数百万とある論文の中で「これは真理に近いだろうな」と思われるものをシステマティックレビューとして公表していますが、たったの数%です。数冊の専門書程度では決め兼ねる出来事であるはずなのに、安易に結論付けてしまうのは、もはや考えるのが面倒くさくなった人のようにしか思えません。またこのように言うと論文のシステムが問題を生みやすいというような話を持ち出してくるのですが、他の体系を作ってからそのような話にするしかないと思われます。

これだけやっていればいいというものは何一つとしてないはずで、その都度その都度考え抜いて最善を尽くしてきた結果、今の人類の発展があります。それでも結論なんか出ていない訳ですし、結論がなくても解決に至っているので前進してきています。
メサイアコンプレックスを持たないようにと神経を尖らせて微調整を繰り返してゆかねばならないです。周りと同じような感じで盛り上がり、終いには周りに持ち上げられている姿には、こちらとしては唖然としまいます。論文との向き合い方から違うので、そもそも他の診療も大丈夫だろうか?と心配になるだけです。

大バカ呼ばわりされる

おそらく盛り上がっている側の人たちは、このような意見を言われ慣れていて、「論文は捏造されている。そんなことも知らないのか」「論文作製者は企業からお金をもらっているんだぞ」と反論するはずです。それはもう、寄ってたかって口撃してきます。元々、その人たちが嫌いだったはずの多数決のように、数に物を言わせて大バカ呼ばわりされるでしょう。

しかし、発言力の強さと信憑性の強さは違います。

発信力の強さと根拠の強さも違います。

問題がない訳ではないので擁護するつもりではありませんけれども、それでもあえて言わせて頂きたいのは、そんな事を言っている人達よりも、論文作製者の方達の方が優れた部分があったから研究者として、もしくは教授などの役職にまで昇った訳です。私のような歯科医院の院長程度はなろうと思えば誰でもなれますが、彼らはなろうと思ってもなれる世界にはいません。凌ぎの世界であって簡単に生き残れるような話ではなく、素質も費用も時間も情熱も注いで、同じく注いだ人たちとの争いに打ち勝つ力があって、初めてそこに立っています。そして、それを見込んで国や企業が研究費用を投資して研究がされている訳です。私はそちらを信じます。

権力

役職の権力も個人の発信力で得た権力のようなものもどちらも似たようなものですが、使い方が大事である事は共通していることだと思います。世界中の研究者が日々頭を抱えて没頭して研究している人体の謎を、誰かの意見を拡声器みたいに広め回るだけで、真実の座を奪おうとするのはよろしくない態度だと思われます。

本当はどうなのか?

現代食のせいで咬合異常になるということですが、ユーゴスラビアのクラピナ洞窟から発掘されたおよそ10万年前の骨には既に叢生という不正咬合が確認されています。その他の所で発掘された頭蓋骨は全て反対咬合の所見を有していたり、上顎前突の傾向を持つ骨も発掘されています。

南太平洋の島民には反対咬合の傾向が認められ、オーストラリアの原住民には臼歯部交叉咬合がみられるなど、前後方向あるいは横方向の咬合異常が確認もされています。これらは現代食と関係があるのでしょうか。全くないという訳でもないでしょうが、原因の全てではないと思われます。

そもそも、栄養状態の話は時代によって栄養素の摂取の配分には違いもあります。例えば、昔は食物繊維の摂取が非常に多かったなどです。違いは違いであるとして、昔の方が栄養状態が悪いので平均身長も体重も現代より小さい可能性が高いです。現在は新型栄養失調とよばれているように、その質がちがうものです。食に気をつけるのは前提として、人々を惑わすならもう少し良い話をしてもらいたいと思ってしまいます。

骨格の違い

矯正治療から見ると

矯正歯科治療に関して言うのであれば、不揃いな歯並びや出っ歯などの歯列不正を治そうという試みは、紀元前1000年にまで遡ることができます。矯正装置がギリシヤのエトルリアの出土品の中から発見されています。1850年にNorman Kingsleyが初めて矯正のテキストを世に出し、1890年代にAngleが不正咬合の分類を発表しています。120年以上前の話です。その頃から咬合異常はあったということですから、食事内容を昔に戻すのであれば調理器具は捨て、薪を焚べて火を起こし、川の水で洗った食物をほとんど手を加える事なく召し上がればいいと思います。香辛料は高級品でしたから、その当時のレートで手に入れてくれるくらい徹底してもらえると見ているこちらは面白いです。

ちなみに、私はそのようなことはしません。

人種による違いもある

様々な人種が暮らすアメリカでのデータになりますが、例えば正中離開とう前歯と前歯の間が離れる並び方については、白人やヒスパニックと比べて黒人は2倍以上の発現率となります。また、上顎前突や反対咬合の重篤なものは白人や黒人に対してヒスパニックの方が多いです。過度の過蓋咬合は黒人やヒスパニックに比べて白人の方が2倍近く多いです。2mm以上のオープンバイトは白人やヒスパニックと比較して黒人では5倍以上の発現率になります。同じ現代食を食べている可能性が高いですけれども、このように人種の違いによっても発現の仕方が異なるようです。上顎前突は北ヨーロッパの白人に発現率が高いといわれ、デンマークでは25%との報告もあります。また、東洋人は反対咬合が多いです。

他にもあるたくさんの違い

たとえば、農耕生活から都市で生活するようになると循環器系疾患が増加するといわれています。(日本では地方の方が多いようにも思いますが)また、高血圧・心疾患・糖尿病などは後進国よりも先進国において高率でみられます。咬合異常も田舎から都会へ移り住んだ場合に増加することも知られています。これを支持するものに、北インドの地方出身者の青年を都市に住む場合とそうでない場合とで比較したところ、前者では叢生・臼歯部交叉咬合などが高率でみられたという報告があります。

時間軸での違い

QafZehから出土した10万年前の歯、1万年前のネアンデルタール人の歯、現代人の歯を比べると、前歯・臼歯は確実に小さくなってきています。10万年前の歯とネアンデルタール人の歯を比べても臼歯部は小さくなる傾向にあるようです。歯が小さくなるということは歯槽骨に対してスペースが余るはずなので重なることが減るはずです。しかし、実際には顎骨の大きさも縮小していてバランスが取れなければ歯並びが悪くなるでしょう。けれども体格は大きくなってきています。これを昔の食事になればなるほど歯や顎が大きいと解釈するのであれば、そのような見方も事実ではありますが、わざわざ他の側面を見ようとしないのはなぜなのだろうと疑問は残ります。面白いことに、高等霊長動物の歯の数は一般の哺乳類に比べて歯の数は減少傾向にあるようです。

骨格の進化
咬合についてのこれらの違いは現代食の軟食傾向が原因であるとも言われています。しかし、原始的な食事をしていた頃には稀であった虫歯や歯周病の罹患率が、日常の食事内容の変化と時期が重なったので簡単には決めにくとされています。虫歯、欠損による歯の移動、歯の早期脱落や歯肉炎、歯周病がなかったらどのような咬合となったかを正確に知ることはほぼ不可能だと思われます。

ここまで言うと、「別に食事だけが原因だと言っているわけじゃない」というお叱りをうけそうですが、そうではなく、食事でさえも原因かどうか正確に知ることは難しいということであって、この両者の違いが混同している時点で話は出来ないということになります。