予防歯科の主役 ~カリオロジー~

カリオロジーとは

歯を喪失する原因のうち大きな割合を占めるのが虫歯と歯周病です。そこで、今回は特に虫歯についてのお話をしたいと思います。もはや現代人にとって虫歯は珍しいものではなくなってしまいました。しかし、実は虫歯は歴史的に近代になってから問題となるようになりました。西暦900年あたりの古い資料には1箇所ほどの虫歯が確認されるようなことがあったとありますが、現代ほどの多くの虫歯を見るのは非常に稀なことだったようです。そして、1800年台後半に乳酸によって酸が産生されて歯の硬組織を溶かすということが示されました。それから100年余りを経て理論体系が確立されてきたものがカリオロジー(虫歯の論理学)です。現在、世界でも特に効率的に虫歯をコントロールしているのはスウェーデンだといわれていますが、このカリオロジーが基盤にあるからだと思われます。実際に、スウェーデンでは虫歯の有病率は劇的に減少しています。そのこともあり、今日では虫歯の治療をすることが少なくなっているようです。

残念ながら日本では疾患に対する論理的思考が異なるため、まだ状況が異なります。そのため、日本はまだまだ予防歯科の後進国と言わざるを得ません。日本にあったモデルを構築することを模索する一方、現実的に効果のあった方法を同時に採用することは意義があることです。

カリオロジー

常在菌だから

近年、虫歯を作る菌は元々常在菌であるから、虫歯の原因は菌ではなく体の免疫や砂糖に問題があるといったような理論がちらほらと聞かれます。砂糖や免疫が大きな問題であることには異論の余地がないところです。ただ、常在菌だから菌に対するアプローチは何もしなくて良いかのような論理展開は乱暴すぎると思われます。では、なぜ虫歯の好発部位が存在しているのでしょうか?プラークが存在するからではないでしょうか?

さらに、虫歯を作る菌の質や量は関係ないという意見もあります。紙面の関係上割愛したのかもしれませんが、砂糖に原因を限局するために誘導しているかのように思えます。細菌性プラークの影響によって歯周病が発生・進行します。さらに、プラーク中の偏性嫌気性菌から生じるLPSという毒素が身体に悪影響を及ぼすこともわかっています。安易に虫歯の原因ではないから歯磨きをしなくてもいいかのようなことを伝え、聞いた人に別の不利益を生むようなことは避けるべきだと思います。

実際、ドライマウスのケースにおいて、そのうちの唾液減少症では虫歯のリスクはもちろんのこと、口腔カンジダ症などの感染症リスクも上昇します。遺伝子レベルの研究においても虫歯への感受性は遺伝子にコントロールされていることがわかってきています。

世界中の研究者はそんなにバカなのでしょうか?例えば、スウェーデンの医療技術評価評議会は、2002年に虫歯予防に関する報告書を出しています。その報告書では約900の学術論文をシステマティックにクリティカルに調べています。その結果、強い科学的根拠がみつかったのは2つだけと言っています。また、中等度の強さの科学的根拠が存在したのは1つだけでした。では、これによって他の全ての予防処置を捨てるべきか?という結論に至る訳ではなかったということです。常在菌論者は自分たちだけが気がついているとでも思っていたのでしょうか。

この結果は、私たちが普段行なっているやり方が高・中等度の科学的根拠で適切な結論を導くというやり方では評価できていないというだけの話です。その逆もまた然りです。つまり、今後論破出来ないほどの強い根拠が出てくるまでの間、今日我々が使っている確立された予防方法を継続するには立派な理由があるということです。

砂糖と細菌

そもそも、高濃度の糖類で微生物の増殖を抑制するという知識を人類は昔から利用していました。例えば砂糖菓子のようなものは砂糖を保存料代わりにして使っています。つまり、歯を抜いて殺菌し、口腔外で砂糖漬けにしても虫歯は出来ないということです。これらのことから、通常であれば口腔内の高い糖レベルの中で細菌が生き抜くことは困難であることがわかります。しかし、ある種の細菌が口腔内の糖レベルの上昇に対応し、その際に酸を産生するので虫歯が起きるのです。

ある種の細菌以外は糖類と乳酸によって口腔内では生存しにくくなります。そうすると、酸産生細菌の占める割合が大きくなり、さらに酸が産生されるという悪循環が生じます。これによって口腔内のプラークのpHが低くなります。その時間は約30分から1時間といわれていて、この間にpHの下がったプラークが無機質に対して過飽和の状態を作ります。その結果、歯の表面から無機イオンが離れて脱灰という現象がおきます。反対に、pHが上昇してくると無機イオンが歯に戻り再石灰化が生じます。

常在菌であるから問題がないのではなく、常在菌の菌の配分、組成の変化が問題となるわけなので一時的な断面を見て、あたかもそれが常であるかのように常在菌と表現するのは適切ではないと思われます。カリオロジーとはこれらのことまで考慮された論理学です。それであるのにもかかわらず、頭ごなしに「常在菌だからーー」という論理展開しか出来ないようでは本当に理解して発言しているのか疑問に感じられます。

振り回されないで

そもそも、世界中の研究者がそのようなことを思いつきもしなかったと考える時点で浅はかです。研究・論文という公共性の高いものであるからこそ、きちんとした手順を踏み、安易に煽動しないように配慮してあるだけです。

確かに我々歯科医師の不勉強が問題であることは間違いありません。関連会社の問題も研究機関のあり方も問題があるかもしれません。しかし、世界的に独立的に研究されコンセンサスを得られたものが、少数の意見、個人の感想で覆ることは真実から遠のく行為であることは間違いありません。もし、後者の意見をスタンダードとして採用したいのであれば、世界的な研究がなされてからにするべきです。少なくとも、世界中の研究者は天才的な人も大勢います。凡人には想像だにしない論理展開でさえも彼らの頭に浮かぶくらいのことはあったはずです。その上で主流の考えではないと判断されているということも考えられるのではないでしょうか。