専門家としての歯科衛生士

歯科衛生士の専門性

当事者に寄り添おうとすることと、当事者になるのとではまるで違います。だからモラルを高めることが必要になります。

歯科衛生の専門家の目標は、全て健康増進および疾病予防に関係しています。歯科衛生士の業務は、個人や集団が最適な口腔の健康の獲得や維持を支援することを最大の目的としています。それぞれの患者に最高のサービスを提供する目的のために、個人的な目的は自己改善を図る中で頻繁に見直してゆくべきものとなります。

American Dental Associationの2002年の声明によれば、倫理に反しない範囲で実践される歯科医学の領域は9つあるとされています。
・公衆歯科衛生学
・歯内療法学
・口腔病理学
・口腔外科学
・歯科矯正学
・小児歯科学
・歯周病学
・歯科補綴学
・歯科放射線学
これらにある背景を体系的に学んできたということは専門家であるための第一歩となります。

歯科衛生士の役割

歯科衛生士には6つ役割があるといわれています。

・臨床家
口腔疾患の予防を通じて全身の健康増進を行う。予防、介入、抑制に関する処置を評価し、診断、計画、実行、再評価を行う。

・教育者
ヘルスプロモーターとしての役割。教育的な理論と方法論を用いて健康状態に必要なものを分析し、方策を実践、結果を評価する。

・利用者の代弁者
現在の健康問題と利用可能な資源を提示することで、他の機関や組織に影響を与える。

・管理者
組織技術用いて目的を伝え、実行し、ヘルスケアに関する計画を評価し、必要があれば修正を行う。

・行動変容の促進者
変容阻害因子の分析、変容方法の立案、計画の実行、結果の評価を行い、ライフスタイルの変容を推進する。

・研究者
科学的な方法を用いて、研究結果を説明し、応用して問題解決にあたる。

専門家としての目標

・倫理面、行動面において最高のものを目指して努力する
・ケアプログラムを遂行するために歯科衛生業務を計画し実行する
・口腔の状態の把握、口腔の疾患の予防を実践するにあたり、根拠となる基礎および臨床の科学的知識を理解し応用する
・臨床、教育全ての場面で根拠となる基礎的な科学的知識および技術を応用する
・患者一人一人の違いを認め、その人に応じた介入を行う
・基礎疾患を有する患者には、その者の抱える問題と必要性を見極め、それにふさわしいケアを実施する。
・患者が信頼して世話を許し、情報提供が可能な関わり方を実践する。
・行動変容になる動機付けがなされるように、個々人に見合った十分な指導を行う
・スタンダードプレコーションを応用し、安全で効率的な臨床を行う
・臨床業務の一環として、自己評価を行う
・最新の知識を身につけ、生涯学習の必要性を認識する
・歯科衛生の専門組織に会員として積極的に参加する

これらのことは、もはや当たり前とはなっておりません。古くからの先生方は「良い治療をしていれば必ず患者さんが支持してくれる」という論理で動いていたのですが、近年は歯科経営コンサルタントの参入により、舵取りを譲渡してしまった歯科医院が増えました。

大きな利益が医院の発展を促し、再投資されたものによって患者の利益につながるという論理で動いています。「歯科の業界も他の業界と同じになっただけですよ」というのが彼らの口癖です。

その事自体は誤りではないと私も思います。現状では、それらの論理の方が古くから語られている先生方の論理よりも成果が出ているため、業界全体で支持されてきているようです。実際にはCT撮影機器やCAD/CAM機器の導入、その他明るく楽しそうな雰囲気のホームページ作成などに吸い上げられるなど、顧問料とフォーマット通りの設備投資の元を取るため、もしくは大きな収益に目が眩んだため、無茶な治療が増えました。

もたなそうな症例に自費診療を勧めたり、歯石が残存したままでもホワイトニングがされるなど、考えられないようなこともしばしば見受けられるようになりました。私の知っている歯科医師は、その月に自費診療の装着が行われても自分の給料の歩合率が届かない時は、翌月に装着を延期していました。「あといくら足りないからあの患者さんを呼んでもらおう」という会話は毎月末に聞かれました。完全に虫歯の除去を行ってしまうと根管治療になり自費の補綴物の装着が出来なくなるので、虫歯を取り切らないまま被せ物を装着するなどをしている者もいました。

技術習得や患者さんとの会話内容は話題にも上がらないのに、1日の来院患者数が記録更新になると金一封が出るので精を出したり、自費のクリーニングの契約を取ったらキャッシュバックされるから今月はこれくらい契約取ってねと言われて一生懸命に応えようとする歯科衛生士さんもいました。

歯科の求人サイトをご覧になって頂くと分かる事ですが、「アフター5充実」「芸能人も通う」「有給消化率◯%」「楽しい飲み会」など、医療に全く関係のない面をアピールして求人が行われています。実際に、私のクリニックで求人を出しますとそれらの問い合わせは多いのですが、「どのような症例があるのか?」「どういう治療方針か?」という質問は一度も受けたことがありません。

スタッフ誘導をするために倫理観を煽るようなことが日常的に行われるようになりつつも、実際の研修といえば「他院のマーケティングの見学」や「朝礼でのハイタッチ」「ホワイトニングの勧め方」などがほとんどのようで、それらを行うことが患者への利益につながるからという強引なものを押し付けられたため、それについて悩んでいる歯科衛生士によくお会いするようになりました。

倫理観は形骸化し、上部の形式だけのものが多くなってきてしまっているように思います。また、歯科衛生士側の変化もあります。「社畜」などの言葉が頻繁に使われるようになってきたことからも分かるように、「個人志向」の強まった近年では、ある種の自己犠牲を伴う価値基準は受け入れられなくなっているようです。「人の役に立つことへの準備」と「自己犠牲」が混同されていることを不思議に思われるかもしれませんが、それが近年の風潮ではあります。

先述の通り、この倫理観を利用して利を得ようとする者と、その空気を感じて全てを斜に見るようになってしまった者の出現がこの問題を大きくしてしまったように思われます。また、諸外国の社会人の大学・大学院への再入学率と比較すると、それが極端に低い日本においては、学生時代を終えてからの学習は行わないという風潮も、生涯学習というものへの障害となっているようです。多くの現場では、勉強の勧めを”強要”されたと捉えられ、パワハラ認定さえされてしまうこともあるようです。教育の現場でもこれらの反発を恐れ、「厳しい指導」から「楽しく誘導」に切り替わっているようです。

たしかに、上述された倫理観・評価基準に誘導的な面がなくもないです。ただ、金銭目標ではなくあえて倫理観を目標として日々の診療を行なっていても生活が成り立つように、現在のサービスの質から考えると他業種よりも様々な面で恵まれた金額設定が行われている業界です。倫理観がなければ成り立たないことを考慮し、過去の偉人たちが尽力してくれたのだと思われます。歯科衛生業務においても、生活を理由に倫理を捨てるのは単なる他の面の実力不足に過ぎないと考えられます。それは倫理観がないからその面でもそのような性質が出るのだと思います。

専門家の心得を学習し、着実に実行してみる事は、初期においては方向性を決める点では有効に思われます。なぜなら、専門家というものを知らずに手技だけ慣れて自分らしさを演出されても、その結果は個人の感想と同等のものとなってしまうからです。そこには科学という側面はありません。成育歴による自分の生活圏が反映された価値基準を、これから始める医療という現場に持ち込むことが、ある種了承されてきてしまっているのが現状で、一部ではとても危惧されていることです。良いものか悪いものか、それなりに実行しないうちでの判断は予想と感想の域を出ないので、参考に値しないと考えます。

これらの結果、現場のリーダー的な存在である歯科衛生士が率先してスタッフ間に派閥を作り、周りの意向を誘導するようになるということもしばしば聞かれます。先日も、6人のスタッフがまとめて全員辞めたと言って困っている歯科医師にお会いしました。気に入らないのは分かりますが、そのことで患者さんに迷惑がかかることまでは想像が及ばなくなっているということだと思います。「男性は嫌、子供は診ない」といって後輩に患者を押し付けるベテラン歯科衛生士にもお会いしたことがあります。個人的な事情もあったのかもしれませんが、伸ばす力の方向性を間違えているのだと思います。

口腔内の状況は全身性の疾患となり得る大事なものです。今後、ますますその重要性は増すと思われます。そこに携わる者として、倫理観や価値基準はやはり必要になります。もう一度「誇り」を取り戻す必要があるのではないでしょうか。
アスリートでも芸能人でも、その華やかな世界の裏側で、大変なことを避け続けて人に影響を与えられた人を私は知りません。資格があること、手技が出来ることは、ある程度の訓練で誰にでもどうにでもなります。けれど、倫理観や価値基準を変える事は葛藤があり苦悩もあり見えるものではない成長となりますので修得するには大変です。その大変さに向き合って初めて専門家と名乗れるのだと思います。単なる資格取得者が入力したことをそのまま外へ垂れ流しているだけなのとは違い、「プロ」には「背景」が必ずあります。その背景を纏うために「どうすればいいのか?をちゃんと考えなくてはいけないのだと思います。