矯正歯科治療の必要性 ~噛み合わせ~

歯並びを良くする必要はあるのか?

私が知らないだけなのかもしれませんが、その他の病気と比べると、歯並びおよび咬合が直接的な原因となって死亡に至ることは圧倒的に少ないのではないかと思われます。噛み合わせが悪いと顔の筋肉がバランスを欠き、それをフォローするように肩が上がり、腰が曲がり臓器に負担がかかり、またそれをフォローして・・・などといったような話をよく聞きます。

噛み合わせ

そのような側面はない訳ではないのでしょうけれども、それほどに重要であるならばう蝕や歯周病よりも最優先で噛み合わせと姿勢と全身について歯学生に教えていかなければならないと思います。しかし、現実にはそのようにはなっていません。むしろ口腔内以外に対する施術については免許の関係で行えないようになっています。姿勢は大事だと思いますが、直立不動で立っていることなどは日常生活でほんのわずかな時間だと思われます。食事の際に臓器の負担を考慮して起立したまま食べている人を私はほとんど見たことがありません。欧米では椅子に座り、日本では畳の上に座して命をつないできました。

平衡理論

咬合に関しても疑問を感じる部分があります。一般的に、歯と歯が触れ合う時間は1日のうち20分程度だと言われています。それでも毎日のこととなれば影響を与えないということはないのでしょう。上顎前突と反対咬合では顎骨に対して筋肉の付着位置が異なります。骨の大きさや密度などによっても重心が変わるはずです。そして、それは咬合の習慣に影響を受けます。
おそらくですが”まばたき”の方が回数が多いですし、”呼吸”や”鼓動”の方が回数も身体で使う範囲も大きいと思われます。咬合だけがいわれることに違和感を感じてなりません。

平衡理論というものがあります。これは工学領域で応用されている理論で、等しくない力が加えられた物体は加速され、空間内でその位置を変えるという理論です。複数の力が物体に加えられ、かつ物体がその位置を変えない場合、この理論からこれらの力は釣り合っている、すなわち平衡状態であるということが導かれます。

このような観点からすると、歯にも様々な力が加わるにもかかわらず、通常の条件のもとでは新しい場所に移動しないことから、歯列は明らかに平衡状態であるといえます。歯は通常、咀嚼・嚥下・発話の際に外力を受けますが、移動することはありません。また、歯の平衡状態を規定するもう一つの要因が口唇・頬・舌により加えられる圧力です。これらの圧力は咬合力と比べるとはるかに弱い力ではありますが、その作用時間はずっと長いです。これまで行われてきた様々な実験から、極めて弱い力であっても、作用時間が十分に長ければ歯を移動させることが出来ることが知られています。ヒトの作用時間の閾値は約6時間と考えられています。加える外力がいかに強くても、その作用時間が短ければほとんど何も変化しないです。

力の平衡という考え方は、顔面骨を含む骨格系にも適用されます。機能的要求に対する反応として骨格の改変は常に生じます。筋肉が付着する骨隆起は筋肉とそれが付着する位置の影響を受けます。下顎骨の形態は機能性突起の形によって決められるのでとくに改変を受けやすいといわれています。

平衡理論は歯科医学よりも根本を示す重要な基礎学問なので、このことが咬合においては例外であるというのであれば、それを証明する基礎学問を新たに証明しなくてはいけなくなります。

中心位

歯と歯が最大面積で向かい合う歯と接触する位置を咬頭嵌合位といいます。これは歯を基準にして考えられている位置です。一方、下顎骨は筋肉や結合組織にいわばぶら下がっている構造物なので、その他の骨と面している顎関節部を基準に考えようとしたものがあります。その基準とされるものを中心位というのですが、その状態については既に8回以上改定しています。以前は、この咬頭嵌合位と中心位の位置のズレを釣り合わせることが歯科における咬合での最大の争点でありましたが、顎関節を形成する顆頭のリモデリングが生じやすい組織であることが分かってから議論の争点が移行してきています。

また、これらについても上顎前突や反対咬合の方では応力のかかる位置は同じではないはずですし、歯周組織の量や健康状態にも左右されますし、年齢や性別などでも咬合力の違いが生じ、歯には摩耗が生じて位置が変化します。それらがどのように個人的な問題に反映するのかわからないと思います。このように、噛み合わせといっても神経筋線維機構や関節部、そして歯牙や歯周組織などのざまざまな組み合わせの上で成立しているもので正解を求める行為自体にあまり意味がないように思われます。ましてや、歯の移動に伴い歯牙接触部位が変化しますけれども、多くは摩耗が生じていない部位になるので成育歴においてそこが本当に真なる者であったかも良く分かりません。

噛み合わせが悪くても他より抜きに出て優秀なスポーツ選手もいます。歯がなくても素晴らしい芸術作品をつくる者もいますし、高名な学者さんもいらっしゃいます。咬合を機能面だけで考えた場合、それを理由にして行われる矯正歯科治療の意義はとても小さいものなのかもしれません。