矯正歯科治療の必要性 ~疫学的評価~

社会心理学的問題での要望

咬合異常の程度が治療の必要性と相関していると考えられるのは妥当と思われるかもしれません。当然、この過程は治療の必要性を評価する際に必要なものの一つです。ただ、これまでにもお話しがありましたように、矯正歯科治療の必要性を定義する上で、容貌のもつ社会心理学的な意味は単にどのような歯並びであるかという問題だけではないことを意味しています。ですから、機械的に模型やレントゲンを診査することのみで治療の必要性を判断することは、ほとんどの場面で不十分だといえます。団塊の世代の頃よりも現在の方が子供の数そのものが少ないにも関わらず、矯正治療を受ける児童の数は同じかもしくは多くなっています。また、地方よりも都心部の方が矯正治療に既往のある者の数が多いなど、単に咬合異常の数の違い以外のところにも治療を希望する決定要因があることを考慮しなくてはいけません。

スコア化

1970年代に、矯正治療の必要性を検討する指標として、歯の位置が本来の位置からどれくらい離れているかをスコア化する試みがいくつか提案されていました。この時代に大規模調査に使用されて有名になったTPI(治療優先指標)がありますが、これも含めて幅広く受け入れられるものはひとつもありませんでした。

疫学的調査

近年開発されたスコアリングシステムは、特別な定規の中に歯の健康項目に関する情報が要約されていて、判定者に合わせた校正を行なった後に信頼のおけるデータが得られるものも出てきました。様々な咬合異常を表す変量は開発に協力した矯正歯科医のグループの同意に基づいて選択されるため、その分類方法は臨床的な判断を上手く反映しているようです。それにより、ある尺度により治療が必要と判定された患者様に、別の尺度を適用しても同じような判定結果が得られるようになったようです。この結果について面白いことは、数十年前のTPIと比較して咬合異常と判定される比率が低くなったということです。不正咬合は年々に増加傾向にあると言われていますが、判定自体は現象傾向にあるということです。このことは、当時の判定基準が厳しすぎた可能性もあります。また、咬合異常に対する矯正歯科治療の必要性についての多くの誤解が解け、本当に治療すべき対象が絞られたという見方も出来ます。いずれにしても、治療に対するニーズは数十年と変化がないため、偽陽性と考えられる割合も増えているということについて、治療を受ける側の人たちに専門家が適切な情報提供が出来るかどうかという問題も生じます。

人間の判断

アメリカのデータでは、治療を受けている白人の数は黒人やヒスパニックに対しておよそ2~3倍も多いです。典型的なアメリカ社会では、青年のおよそ35%は矯正治療を受けた方がよいことを両親や友人から指摘されるそうです。この割合はスコアリングシステムの重度に判定されている割合よりも多いですが、中等度と重度の合計よりは少ないです。歯科医師は通常、患者の約3分の1しか正常咬合と判断していないといわれていて、患者の約55%に治療を勧めるという調査結果があります。また、それにより咬合異状に分類される患者の約10%が、ほとんど治療の必要がないという分類に入れられます。

数十年の間に、治療介入の判定は著しく変化しており、実際に治療を行なった数も倍以上に増えています。このことは咬合異常の割合の増加を正確に反映しているものではないと思われます。おそらく、両親が子供に矯正治療が必要だと判断する時や、歯科医師が治療を勧める時には、咬合などの歯科的な要因に加えて、容貌と社会心理的な要因が考慮されるようです。この際、子供の意志と親の気持ちについてどちらを考慮するのかなど、歯科とは離れた哲学的な判断も必要なのかもしれません。このことは経歴だけでは見抜けないものであり、また金銭(借金など)や名誉欲(症例数がほしいなど)も複雑に絡んでくることから、判断の難しいものです。