矯正歯科治療の必要性 ~社会心理学的問題~

社会心理学的問題
世界の多くの国で標準教科書として認められる矯正歯科学の専門書には、前突した歯・不揃いな歯・あるいは悪い噛み合わせは次の3つの問題をもたらすとあります。

1, 顔の美醜による差別
2,下顎運動障害、筋肉の不調和または疼痛、顎関節症、咀嚼・嚥下・発音等を含む口腔機能障害
3,外傷、歯周病・齲蝕の罹患率の上昇

歯周病と齲蝕については歯並びとは関係がないとしている学会もありますけれども、我々歯科医師は日常的に叢生部分にプラークが溜まり歯肉から出血することを見ていますし、重なりが強く清掃性の落ちるところに虫歯を発見することに何の違和感も覚えないことも事実です。

特筆すべきは、その専門書において問題とするのは”噛み合わせ”という「状態」ではなく、あえて運動障害・機能障害ということを言っているところではないでしょうか。「機能させなければ咬合も何もないよ」という意見も出てきそうですが、その時の多くの場合には平衡理論が無視されていて、ある時点で捉えた静的状態が成立している”噛み合わせ”を言っていることが多いのですが、これは運動障害と機能障害とは厳密には異なる意味で用いられています。咬合が問題ないもの、考えるに値しないものということを言っているのではなく、矯正歯科における重要性はその他の問題と比べると必ずしもそれほど上位ではないということです。なぜそうであるのかを再考した方がいいかもしれないということです。咬合は万能薬ではないことはもちろんのこと、”機能美”という機能を持つものは美しさも兼ね備えているということもまた本当のところのように思われます。

社会心理学的問題

重篤な咬合異常が社会的なハンディキャップになるということが感覚的に言われてきましたけれども、近年の研究によりそのことが事実であることが確認されてきています。風刺画ではあまり賢くない人間は大抵出っ歯として描かれていますし、映画の悪役は常に口元を汚しています。綺麗な歯並びとやさしい微笑みはあらゆる社会階層でプラスのイメージとして捉えられ、乱杭歯や出っ歯はマイナスのイメージで捉えられています。学校での生徒の容貌は教師の抱く期待感とそれに伴う学習の進展に影響を与え、就職活動や恋愛にも影響を及ぼすことがあります。歯並びに対する人間の心理学的反応をみた研究では、文化的な相違は予想されたよりも大きくはないということが明らかになっています。前突した前歯は前突のあまりみられない集団だけでなく、構成メンバーのほとんどが出っ歯である集団においても魅力的ではないと判断されることが知られています。

米国(などというと日本では全く無関係と思われてしまうかもしれませんが)では、歯並びに対する社会的な反応は個人の人生に対する適応そのものに深刻な影響を及ぼすことがあると言われています。このことは、歯並びの異常がもたらす不利益については、これまで考えられていたよりも大きな、重要な背景の中でその概念が展開される必要があることを意味します。他者との関わりの中で”絶えず”に影響を与えるのであれば、歯によって生じるハンディキャップを過小評価できることではないことが理解できるかと思います。

自己評価に対する影響

醜い歯並びによる精神的な悩みの大きさは実際の解剖学的な意味合いでの重篤度とは直接には比例しないことが問題を複雑化させる原因にもなっているようです。甚だしく重篤な場合は心理的には常にネガティヴだと思われますが、それほどではない場合では、必ずしも否定的な反応ばかりとは限りません。ただ、常に同一である問題の方が対処しやすいですが、思いがけない反応は不安を引き起こし、強い有害な影響をもたらすので注意が必要です。幼い頃に前歯を可愛がられた子が思春期に周りのからかいの対象となった場合の変化は、想像よりも大きな影響を与えます。

身体的な欠陥を当事者である個人がどのように受け止めるかは、その個人の自己評価に強く影響を受けます。つまり、自分をどのように思っているかによって、身体的欠陥であろう部分についての評価が異なるということです。そして、自分をどのように思っているかは成育歴において獲得する反応であり、身体的な部分の周りによる評価によっても違ったものになってきます。

同じ程度の解剖学的異常がある人にとっては無視出来るものであっても、またある人にとっては極めて深刻な問題となる場合があります。人々が矯正歯科治療を希望する理由の一つとして、自身の歯並びや顔立ちに関連して生じる社会心理学的な問題を出来る限り小さくしたいと考えるからであって、この問題は決して美容上の問題だと単に片付けられないものになります。