見た目としての「歯」が人に与える影響

歯と見た目

明眸皓歯(めいぼうこうし)今何処にか在る」

これは、中国の詩人である杜甫が楊貴妃を偲んで詠ったとされる詩の一部です。

その詩から、明るい眸(ひとみ)と皓(しろ)い歯が美人の条件であるという意味で「明眸皓歯」という言葉が生まれました。楊貴妃は唐の時代の方ですから、少なくとも西暦700年代の頃から人は歯についての美的な面を気にしていたようです。

おそらくこれより以前からそのような意識があったからこそ、この詩には歯を含んだ表現がされていたと推察されます。また、詩という芸術を扱う人物が美しさを表すものの一つに「歯」を選択したということは、私たちは医療という側面以外にも視点を持ち合わせなけれ亜ならないことを改めて考えさせられます。

今回は、実際に歯や口元の美しさが人にどのような影響を与えるかについて考えてゆきたいと思います。

アメリカの調査では

現在ではその実験方法に疑問点が指摘され、その結果には懐疑的な部分があるメラビアンの法則ですが、かつてその法則を根拠に人の第一印象の8割は見た目によるといわれていました。

多様性な社会へと発展してきている現代において、もはやネット上で初対面を済ませることもあるなど、この法則は全てあてはまらないかもしれません。

しかし、人間の視覚による判断のウエイトを考えると見た目の重要度は依然として大きなものだと思われます。また、心理学の分野では、仕事での成功と顔の魅力との間には、相関関係がみられることまで報告されています。

実際に、アメリカでは肥満者や喫煙者や歯並びの悪い人は自己管理ができないと判断され、就職の条件が悪くなるとされています。偏見や差別だという意見もあるかと思いますが、それだけ真剣にビジネスに向き合っているとも解釈出来ます。

米国審美歯科学会が1990年代の後半に行った笑顔と歯に関する意識調査では、

・対象者の92%が魅力的な笑顔は社会資産として重要であると考えている
・74%の人が魅力的な笑顔でないと仕事を失う可能性があると考えている
・85%の人が魅力的な笑顔でないと異性へのアピールも低下すると考えている
・50%の人が自分の笑顔に不満をもっている

という結果が報告されました。

この調査によれば、魅力的な笑顔は仕事面においても恋愛面においても、精神面で大きな影響があるだろうといわれています。また、その魅力的な笑顔には白い歯、美しい歯がその役割をかなりの部分において果たすだろうということのようです。

一方で、約半数の人が自分の歯には自信がないという結果になりました。、歯並びの美しさには優劣があるということを無意識的にも意識的にも認識していることが分かります。

ハリウッド映画などの演出には心理学が盛り込まれていることはよく知られたことですが、主人公やヒーローは白く健康的な歯であることが多いです。反対に、悪役は歯を汚してみせたり、おとぼけキャラの歯並びは出っ歯にしたりすきっ歯にしたりしています。

別のアメリカでの研究では、白い歯は基本的には人にポジティブなイメージを与えると報告されています。白い歯は見る人に清潔感を与えためだといわれています。ただし、白すぎる歯は不自然でもあることも言及されています。

また、近年注目されている「アンチエイジング」の分野においては、適度な運動やバランスのとれた食事と同列に食後のフロッシングがいわれています。肉体の健康や精神力を若く保つことが注目されていますけれども、口元のシワや綺麗に整った歯は、アンチエイジング治療の一環として注目されています。

イギリスの調査

イギリスの調査では、口元に不満を持つ患者群に対して審美性の改善を行ったところ、明らかに口元の満足度が向上したと報告がされています。

また、歯が美しくなることによって精神面での充実度も高くなったと報告されています。

2005年に行われたエイジングと歯の満足度についての調査では、対象者の約75%が口元の見た目に満足していると回答し、約63%が歯の色に満足していると答えています。

これらの結果は55歳以上において特に満足度が高くなったといわれており、エイジングとしての口元の満足だけではなく、全身疾患との関連について意識が向いたことによる影響もあるだろうといわれています。

日本の場合

日本では、明治初期にチョンマゲや帯刀とともに禁止されるまで、
お歯黒という習慣がありました。これは「ホワイトニング」とは真逆で「真っ黒」の状態です。

お歯黒には齲蝕予防という現実的な理由もありました。それは、それだけ歯を大事にしようという意識が古来から日本には根付いていたということだと思われます。

また、平安時代あたりでは「お歯黒」は既に貴族階級の間で行われていて、男女ともに17〜18歳で歯を黒く染めることによって、成人の証とされたといわれています。

室町時代あたりになると13〜14歳くらいからお歯黒が行われるようになり、戦国時代には武将の娘は政略結婚のために8歳で染めたといわれています。

政略結婚であることから、娘を差し出す際にふざけているとは考えにくいです。やはり、大真面目に文化的な象徴としてお歯黒を施していたのだろうと思われます。

一般庶民に広まったのは江戸時代からで、元禄時代あたりには全国の庶民階級にも広がりました。この頃は、主に女性だけがお歯黒を行うようになっています。

お歯黒自体は大変な作業なので、結婚などの女性の人生の転換期に行われることが多かったようです。

黒色は何色にも染まらない色であることから、貞操を意味し、女性の誇り高い心の支えとなり、既婚女性の象徴と考えられていたようです。

どの国においても、いつの時代においても、歯は美しさや気品など好印象を与えるものとして扱われてきたようです。ある歯科大学の学長が「歯は文化的なもの」とおっしゃっていたことを聞いたことがあるのですが、これらの背景からもその通りであるのだろうと思います。

近年の芸能界でも、下唇の上辺のアーチと上の前歯の切縁とが近似するような笑顔を作ることが美しいとされ、多くの芸能人がそのような笑顔の練習をおこなっています。

日本は保険制度という素晴らしいシステムによって、歯を安価で守りやすくなっています。しかしながら、安価という部分に意識が行き過ぎて、ある種の安物であるばかりに関心が薄れている可能性がありそうです。しかしながら、古来から長い年月の間、歯の美的な、健康的な、側面を忘れてしまわないようにしなければならないのかもしれません。

杜甫